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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)6377号 判決 1956年9月06日

原告 株式会社野水商店

被告 株式会社上野半兵衛商店 外三名

主文

原告の各請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告会社は、原告に対し、丸棒鋼(太さ十六粍、長さ五・五米)十噸の引渡をせよ。もし、右引渡の強制執行が不能のときは、被告四名は、原告に対し、各自、金四十万円及びこれに対する昭和二十八年八月八日以降右完済に至るまで年六分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は、被告四名の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

「(一)原告会社は、昭和二十七年十月四日、訴外東京山一株式会社から、被告会社が同日飯田鋼材株式会社にあて渡先無記名で発行した丸棒鋼(太さ十六粍、長さ五・五米)十噸の荷渡依頼書一通の譲渡を受け、現にその所持人である。

(二) ところで、原被告はいずれも鉄鋼業者であるが、東京都内及びその隣接市町村(川崎市、川口市等)一円の地域の鉄鋼業者間においては、荷渡依頼書をもつて貨物引換証ないし倉庫証等の代用となし、荷渡依頼書を譲渡することがその表示する物品の所有権を譲渡することとなるので、鉄鋼製品の取引にあたつては、物の引渡に代えて荷渡依頼書の交付をもつてする商慣習があり、原告会社は右慣習による意思をもつて本件荷渡依頼書を取得したのである。

(三) 従つて、原告会社は、昭和二十七年十月四日本件荷渡依頼書を取得することによつて同書に表示された丸棒鋼(太さ十六粍、長さ五・五米)十噸につきその所有権を取得したこととなる。しかして、右本件物件は、昭和二十七年十月四日本件荷渡依頼書発行当時、同書の宛先なる東京都江東区亀戸一丁目一三二番地飯田鋼材株式会社をその引渡場所と定められ、同会社に保管されていた特定物である。従つて、被告会社は、原告会社に対し、右飯田鋼材株式会社において、本件物件の引渡をすべき義務があるのである。

(四) しかるに、被告会社は、昭和二十七年十月五日原告会社が本件荷渡依頼書を被告会社に呈示して本件物件の引渡を請求したのに、その引渡をしないから、原告会社は、本件物件の所有権に基いて、その引渡を被告会社に対して求めるものである。

(五) また、もし、右引渡の強制執行が不能のときは、被告会社は、原告会社が前記のとおり昭和二十七年十月五日本件荷渡依頼書を被告会社に呈示して本件物件の引渡を請求した際、被告会社取締役営業部長たる被告後藤幸一等において「被告会社は歴史ある老舗である。品物は渡すが暫く待つて貰いたい。」旨申し向けながら、同年同月十七日本件物件の引渡を拒絶したので、同日における本件物件の時価金四十万円相当の損害につき賠償をすべき義務がある。

しかして、被告上野秀司及び被告上野雄司はともに被告会社代表取締役、被告後藤幸一は被告会社取締役営業部長として、いずれも被告会社の業務執行者の一員なるところ、右被告三名は、その職務を行うにつき、本件荷渡依頼書を発行しながら、前記のとおり悪意をもつて本件物件の引渡をせず、もつて原告会社に前記損害を蒙らしめたこととなる。従つて、右被告三名は、商法第二六六条ノ三又は民法第四四条第一項、第七〇九条、第七一九条の各規定に従い、原告会社に対して、連帯して前記損害の賠償をすべき義務がある。

(六) よつて、原告会社は、被告会社に対し、本件物件の引渡を求めもし、右引渡の強制執行が不能のときは、被告四名に対し、連帯して、金四十万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日たる昭和二十八年八月八日以後完済に至るまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。」と述べ、

なお、

「荷渡依頼書の発行人がその第三者への転売を禁止する場合には、通常、その摘要欄に譲渡禁止文言を記載するのを慣例とするが、本件荷渡依頼書にはかかる禁止文言はない。しかして、原告会社が本件荷渡依頼書を取得したのは、その有効期間内なる昭和二十七年十月四日であるから、原告会社による本件荷渡依頼書の取得には何等の瑕疵もない。

また、仮に、被告会社がその主張の如く昭和二十七年十月十七日三和鍛熱工業株式会社との間における売買契約を合意解除したとしても、原告会社は右解除以前昭和二十七年十月四日すでに本件物件につきその所有権を取得していたから、被告会社は、第三者たる原告会社の右権利を害することができず、従つて、原告会社に対しては本件物件の引渡を拒み得ないのである。」と附言した。<立証省略>

被告四名訴訟代理人は、主文第一、第二項同旨の判決を求め、その答弁として、

「原告主張事実中、

(一)については、昭和二十七年十月四日被告会社が原告主張の荷渡依頼書を発行したことは認めるが、その余の点は否認する。元来、本件荷渡依頼書は、昭和二十七年十月四日、被告会社が訴外三和鍛熱工業株式会社との間における本件物件の売買契約に基き、これを同会社に交付したものであるが、その後昭和二十七年十月十七日右売買契約を合意解除したので、同会社からその返還を受くべき筈であつたところ、同会社においてこれを他に詐取されたものである。

(二)については、原告主張の如き商慣習の存在は否認する。

(三)及び(四)は、いずれも否認する。

(五)については、被告上野秀司及び被告上野雄司がともに被告会社代表取締役であり、被告後藤幸一が被告会社取締役営業部長であることは認めるが、その余の点は否認する。

(六)は争う。

なお、仮に、原告主張の如き商慣習が存在するとしても、右商慣習は商法の公の秩序に関する規定に背馳する無効なものである。

また、仮に、原告会社が、その主張の如く、昭和二十七年十月四日本件荷渡依頼書を取得したとしても、被告会社は同年同月十七日三和鍛熱株式会社との間の前記売買契約を合意解除したものである。

従つて、いずれにしても、本件荷渡依頼書の取得によつて本件物件の所有権を取得したとなす原告の主張は失当である。

仮に、右合意解除の事実が認められず、本件荷渡依頼書の取得によつて本件物件の所有権が原告会社に帰したものとしても、被告会社は、三和鍛熱工業株式会社に対する代金債権に基いて本件物件につき留置権を有するから、右代金の弁済を受けるまで本件物件につき右留置権を行使するものである。」と述べた。<立証省略>

理由

被告会社が昭和二十七年十月四日飯田鋼材株式会社あてで渡先無記名なる丸棒鋼(太さ十六粍、長さ五・五米)十噸の荷渡依頼書を発行したことは、当事者間に争がない。

成立に争のない乙第五号証及び甲第一号証、証人若松英雄の証言によつて真正に成立したことを認め得る甲第二号証、証人小松俶郎(第一回)の証言によつて真正に成立したことを認め得る乙第三号証の記載並びに証人山上健夫、同若松英雄、同小松俶郎(第一、第二回)、同山田欣二、同秋葉朝四郎の各証言及び原告会社代表者野水正司(第一、二回)、被告後藤幸一の各本人訊問の結果を総合すれば訴外三和鍛熱工業株式会社代表取締役小松俶郎は、昭和二十七年十月一日頃訴外東京山一株式会社代表取締役山上健夫及び訴外山上九一郎から、訴外三辰商事株式会社振出にかかる約束手形四通(内一通は、金額三十九万九千円、満期昭和二十七年十二月二日のものであるが、以下、これを本件約束手形という。)を預り、その割引斡旋方及び内一通で、三、四十万円程度の鋼材の買付方の依頼を受け、その代償として、右割引成功の上はその割引金の半額ずつを三和鍛熱工業株式会社(以下三和鍛熱という。)と三辰商事株式会社(以下三辰商事という。)とで分配することを約したこと、そこで、小松は、訴外横須賀昂一をして被告会社と交渉せしめ、同年同月四日三和鍛熱の買主名義で、被告会社から、丸棒(太さ十六粍、長さ五・五米)十噸を買い受けることとし、前記三辰商事振出金額三十九万九千円の本件約束手形一通と引換に本件荷渡依頼書一通の交付を受けた上、これを更に山上九一郎に交付したこと、そして、山上健夫は、山上九一郎から本件荷渡依頼書を受領した上、訴外若松英雄をして原告会社と交渉せしめ、即日東京山一株式会社(以下東京山一という。)の売主名義で本件荷渡依頼書を代金三十三万円で原告会社に譲渡し、原告会社は現にこれを所持していること、そこで、原告会社は、その翌日である昭和二十七年十月五日本件荷渡依頼書記載の丸棒(太さ十六耗、長さ五・五米)十噸(以下、本件物件という。)の受寄者なる訴外飯田鋼材株式会社に対して本件荷渡依頼書を呈示して本件物件の引渡を請求したところ、同会社においてはかねて被告会社から本件物件を三和鍛熱に引き渡すよう指示を受けていたため右請求を拒絶したので、本件物件の引渡を受け得なかつたこと、他方、被告会社においては、前記本件物件売買契約につき、三和鍛熱が代金の支払方法は自己振出の約束手形によることとの約に反して前記の如く三辰商事振出の約束手形を持参したことや本件荷渡依頼書が東京山一を経て原告会社に転売されていることに不安を感じた結果、昭和二十七年十月十七日三和鍛熱との間で右売買契約を合意解除したこと、また小松は、前記の如き経緯の下に山上九一郎等から三辰商事振出の約束手形の割引旋斡方を引き受けたものの、その後、あまり話がうますぎるので恐しくなつて右斡旋を打ち切り、さきに預つた前記約束手形四通を返還することとし、昭和二十七年十二月頃までには右四通中本件約束手形を除くその余の三通を三辰商事に返還したが、本件約束手形については、山上九一郎等から本件荷渡依頼書の返還を受け得なかつたため、被告会社との前記売買契約解除後本件荷渡依頼書と引換に本件約束手形の取戻をすることができなかつたことが認められる。

ところで、原告は、「東京都内及び隣接市町村一円の地域の鉄鋼業者間においては、いわゆる荷渡依頼書をもつて貨物引換証ないし倉庫証券の代用となし、荷渡依頼書の譲渡はすなわちその表示する物品の所有の譲渡ということになるので、鉄鋼製品の売買取引をするに当つては、物品の引渡に代えて荷渡依頼書の交付をもつてする商慣習がある。しかして、原告会社は、右慣習による意思をもつて本件荷渡依頼書を取得し、同時にこれに表示されている本件物件の所有権を取得したのである。」と主張する。なるほど、原被告会社がいずれも鉄鋼業者であることは、被告会社の明らかに争わないところであり、証人長谷川万吉及び同加藤直次郎の各証言をあわせ考えれば、東京都内の鉄鋼業者間においては、相当多量の丸棒鋼等の売買取引をするに当り、(1) 売主は、自己の所有する商品であつて他に寄託したものを売つた場合において買主から代金を受領したときは、買主に対して商品の受寄者にあて右商品を買主又はその指図人に引き渡すべきことを依頼したいわゆる荷渡依頼書を発行することができるものとする商慣習の存することは認められるが、果して、原告の主張する如く、(2) 右荷渡依頼書をもつて倉庫証券等の代用となし、荷渡依頼書の譲渡をもつて直ちにその記載の商品の所有権の譲渡となるものとし、荷渡依頼書の交付のみをもつてその記載の商品の引渡に代えるとする商慣習までも確立されているかどうかは、原告の全立証をもつてしても必ずしも明らかではない。(証人長谷川万吉の証言中には、「荷渡依頼書の授受は丸棒鋼の授受と同一の効果をもたらす。」とか、「荷渡依頼書を取得した所持人は、丸棒鋼を買い受けたと同一の効果を持つ。」との趣旨の部分があり、証人加藤直次郎の証言中にもほぼ同趣旨の部分があるが、これらは、いずれも、その根拠があいまいであつて、原告主張の右(2) の如き商慣習の証拠としては、必ずしも的確なものとはなし難い。のみならず、仮に、右(2) の如き商慣習が存するものとすれば、荷渡依頼書をもつて倉庫証券等と同じく物権的効力を有せしめんとするものであつて、物権的有価証券を法定のものに限定する商法の公の秩序に関する規定に違反することとなるから、無効と解するのを相当とすべきである。)

元来、いわゆる荷渡依頼書なるものは、物の寄託者が、その受寄者に対して、同書記載の寄託物を、同書の所持人に引き渡すべきことを指図した証券であるが、いわば一種の免責証券であつて、倉庫証券等の如き物権的効力を有しないものと解するのを相当とする。従つて、前認定の如く原告会社が昭和二十七年十月四日本件荷渡依頼書を取得したからといつて、それだけで、直ちに、同書記載の本件物件の所有権及びその占有を取得したことにはならないのである。

ところで、証人山田欣二の証言及び原告会社代表者野水正司(第一回)本人訊問の結果をあわせ考えれば、本件物件は昭和二十七年十月四日当時飯田鋼材株式会社に保管されていたことがうかがわれ同日本件荷渡依頼書が本件物件の売主たる被告会社から買主たる三和鍛熱に交付されたことは前認定のとおりであるから、それだけでは本件物件引渡の効果は生じないが、少くとも、本件物件は本件荷渡依頼書の右交付によつて特定されたものというべく、従つて、本件物件の所有権は同日一応三和鍛熱に移転したものとみるべきである。しかるに、原告会社が前認定のとおり昭和二十七年十月四日本件荷渡依頼書を取得したものの本件物件の引渡を受け得ないうちに、被告会社において前認定のとおり昭和二十七年十一月十七日三和鍛熱との間における前記売買契約を合意解除し、しかも被告会社はこの間一貫して本件物件を飯田鋼材株式会社を介して占有していたことがうかがわれるから、被告会社は右解除とともに再び本件物件の所有権を完全に取得するに至つたものと認めるべきである。

してみれば、原告会社はいまだ本件物件の所有権を取得したものとはなすことができないから、原告会社において右所有権を取得したことを前提とする原告の被告等に対する本訴請求は、その余の争点について判断するまでもなく、いずれもこれを失当として棄却するほかはない。よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 関口文吉)

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